最近のトラックバック

« 失敗と反省 | トップページ | ひさき »

幸福論

……といっても、学生のころいくつかシェイクスピアの翻訳台本でお世話になった福田恆存センセイの「幸福論」のことではない。もちろん、ない。そんな難しいことはこのブログでは金輪際扱わないし、椎名林檎さんの曲「幸福論」でもない。

 
ワタシの幸福論だ。
 
コバヤシヨシツグの幸福論は、「幸福とは、くだらないできごとが安定走行している状態のことである」と定義される。
 
 
この写真を見てほしい。
 
130913_190901  
近所のスーパーのPOPである。
「朝食・おべんとう おじぎりに」
 
 
おじぎりに!?
 
 
おそらくは、おじぎりとは、おにぎりを指す。
しかし、一般的に言って、これは正しい言葉なのだろうか??
 
通じはするかもしれない。知らなくても補正も可能かも知れない。
でも、どうなんだろう………。
 
気になって、wikipediaで「おにぎり」を調べてみた(一応断ると、僕はwikiを全面的に信用しているわけではない)。別称や方言なども紹介されているけれど、おじぎりは見当たらない。
 
その後、「おじぎり」そのものを調べてみると、おにぎりの幼児語説や、別称として認識されている様子もあったけど、でも、わざわざスーパーで書くことはないんじゃないだろうか。
 
 
…と、調査や空想に小一時間を費やして、気がついた。
 
この時間は幸福であると。
 
この1時間のあいだに、僕には不幸もなく、悩みもなく、痛みや辛さもなかったのだ。
だからこそ、ハッキリいってどうでもいい「おじぎり」なんぞのことを考えていられたのだ。
 
 
例えば、悩み多き人が雑貨団の舞台を見たら、たぶん幸福は訪れない。
雑貨団はたいていくだらないできごとの物語をやっている。
 
だから、悩み多き人はそれどころではない。
 
くだらないできごとは、不幸や悩みを何とかしてはくれないのだ。
 
ただし、それらが受け入れられる心持ちが還ってきたときにだけ、それらは心に作用する。
 
幸福感として作用する。
 
 
よって、「くだらないできごと」を興味を持って受け入れられる状態が観測されたときに、「その人間は幸福である」と決定してよいのではないかと、ワタシは思うわけ。
 
 
夜、いつものファインエステートさんでアイスコーヒーをお願いしたら、「ヨシツグさんはコーヒー好き?」といまさらに聞かれたので「好きですよ」と答えたら、まるごと出た。
 
__00290001
 
コーヒーサーバーごと。
 
全部飲んだ。
 
幸福とは、こういうときに確認される。

« 失敗と反省 | トップページ | ひさき »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134751/58193258

この記事へのトラックバック一覧です: 幸福論:

« 失敗と反省 | トップページ | ひさき »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ